言棚〜シェアで伝える〜

心に響いたり、役立ちそうな記事をシェアするブログです

坂爪圭吾さん

お花は生と死を繋ぐゲート


 



亡くなった方のお墓にお花を贈る

やがて花は枯れるけど、それは亡くなった人のもとへ花が届けられた印

この考え方って私は素敵だと思う



あの世に持っていけない物に興味が無ければ、別に家とか財産とかも必要は無くなるのかもしれないなってフッと思ったけど、私はまだその境地には行けないな
(それが悪いわけでもないけどね)

私も坂爪さんと同じくジメジメしたものよりはカラッとした方が好き

強いて言うなら私は風とか空や雲みたいな、時に激しかったり優しかったり、眩しかったりキレイだったりするものがとても好きです


ここ最近は仕事のシフトが変わったりとかで身体を慣らす方に動いてるけど、ある程度生活リズムが掴めてきたらやりたいことにも手を出していきたいなんて思ったりはしています

昔よりも体調的に無茶が出来なくなってるので、無理せずやっていきます



(どうでも良い例え話)
今日は病院の検査で朝御飯抜きだからって、調子にのってバーガーキング食べたら胃に溜まりすぎてやべえw

みたいな、昔の感覚でやると今は無理なこともあったりするので、調整しながらやっていきますぞ

坂爪さんも調子に乗りすぎると死ぬって言ってるしね、やってみて上手く行かなかったら謙虚に行くので良いと思います










読んで何か響いたことがあれば応援クリック頂けると励みになります

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

居場所に費用が必要なければ、継続していた場所も沢山あったんだろうね


 



日本では生活していくのに、税金が掛かる

これが、環境によっては人を苦しめる事にもなってるんだろうなってのを思ったことはあります

お店にしろ家にしろ、そこに続けて住むためにはお金が必要になる


動物みたいに生きるのにお金が掛からないのは自由ではあるけど、病気とか怪我で動けなくなると助けが入る事はなく、食物連鎖の枠に入ることになる


人間として生まれてきたら、食物連鎖に入る可能性は少なくはなるけど、その代わり生きていく為の等価交換としてお金が必要になる


そのお金を必要としない場所

そういう場所があったらどうなんだろう?ってのを考えた事もあります



生活資金や維持費が無くて、生きていくこと、続けていく事を諦めた生命やお店や会社だって世の中にはある


もし、支払いとかはしなくても生きていくことは出来るよっていうような村とか集落みたいな場所があったのなら、閉店しないで済んだお店や会社もあったのかもしれないし、老後や将来への不安は減ったのかなみたいな感じ


税金を支払わない奴はダメだ!悪だ!って考えも分かる

ただ、自分が病気とか失業とかで今の生活を続ける事が難しくなった時に、頼れる場所があるのと無いのじゃ、生きていく希望も全然違うんじゃないかな



そんな風な思いを抱いていたから、坂爪さんの生き方が、私が考えていた生き方を実現したように見えて心が震えたのはあります


人や場所から何かを受けたら、感謝や気持ちを物やお金や行動で廻して、その思いを繋げて生きていく

私は、そんな場所もあっても良いんじゃないかなって思います



頻度は多くなくても、他人との繋がりを持てる場所があると人は安心を得る

安心出来る場所というのは、私は人間が生きていくのに重要だと思う


私のこのブログも思いを出してる場所だけど、読んでいて何かを感じたり安心?できるかは分からんけど、来て見てしまうっていう場所になってるのなら、それはあなたにとって惹かれてしまう場所なんだろうね


無理に何かをする必要はないけども、もしちょっとでも何かを伝えたいなら、↓の応援ボタンをポチッとしてみたり、コメントしてみたりしても構わないんじゃぞ







読んで何か響いたことがあれば応援クリック頂けると励みになります

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村

引き寄せが上手く行かないなら


 


逆の【押し寄せ】をしてみるってのも良いかも!って思っちゃった


ただ、引き寄せも押し寄せも、まずは『自分が希望しているものに向けて行動する』から始まっているっては私は思うかな


結果は思っているのとは違うかもしれないけど、私もとりあえず色々やってみながら進むってのはやってたりします

このブログしかり、FANBOXしかり


別に人に出すものは物でなくても良くて、言葉でも良いし態度で表すのだって良い

何らかの形で人に出すことによって、気に入ってくれた人がそこから別の人へと繋げてくれるかもしれない

私はそんな風に、縁というものは円のように広がっていくってイメージがあります


今日の記事を読んだら、押し寄せって視点に変えてみるのも案外悪くないかもって思えたので、今までのやり方で何か変えられそうなものがあれば、試しに変えてみても良いかもって思いました








読んで何か響いたことがあれば応援クリック頂けると励みになります

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村






子供は【無駄という遊び方】を大人に見せてくれる存在





私が中学生から高校生くらいの頃に、保育士の母の仕事の見学というか体験?みたいな事をしたことがあります

その時に感じたのは、小さい子供はめちゃくちゃ体力オバケって感じたね
数回やってみたけど、絶対に次の日熱を出して寝込んだもんな〜(笑) 

その頃から、(あ、私は子供の世話をするのは合わないのかも?)って思ったよね

実際子供はいないんだけど、いたら今は違う道を進んでたかもしれないけど、あの時に体験しておいた事は自分の適性を知れたから良かったっては思っています



あの頃は私も未熟だから子供に全力で合わせちゃってたけど、ホント子供のパワフルさって凄いよね

大人から見たら無駄だと思うことも、臆することなくやっちゃったりとかさ


純粋に遊びや学びを吸収したり追求するって所は、知識を持ってしまった大人では出来なかったりする


効率とか、コストパフォーマンスとかタイムパフォーマンスの面では、子供のしている事は良くはないって見られちゃうけど、私はそのやり方だって本当は間違いではないんじゃないかなっては思う



今から選んだ知識を消すってのは出来ないけども、だからこそ私は子供の純粋な行動や想いって部分に惹かれてしまうのかもしれないなあなんて、坂爪さんの記事を見て思いました






読んで何か響いたことがあれば応援クリック頂けると励みになります

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村


身体が動く内はなんとかなる率も高くなるさ


 



私の話になるけど、仕事で酷使していたのも重なったからか、数ヶ月前から肩が痛い状態が続いています

病院でリハビリしてはいるけど、痛みが全くない日が無いという感じです


そんな状況なのもあって最近は余り無理をしないようにしてるけど、痛みが無く動けていた時が羨ましくなっちゃいますね



辛さや苦しさっていうのは、考え方次第で変えられる


これは私のパターンだと、肩の痛みにフォーカスすると【辛い】が出てくる

だけど、肩を休めたいっていう身体からのメッセージにフォーカスすると【休む事で身体の負担が減る】になる



肩が良くなるかどうかが不透明な部分があるから、休ませてることに対してちょっと焦りみたいなものが出てくるのはあるけど、無理をして余計に動けなくなるのはもっと嫌だしね


それに仕事柄、痛みはあっても身体が動かせる内なら、やりたい事が出来る事は多いとも思えるようになってきてるから、痛みが引くまでは他の出来ることをしていってます



正直年金やら保険やらの支払いだの何だのとかっていうものが無くて、身体が動かせなくなっても生きていいよって受け入れてくれる場所があるのなら、生きていた人も多かったのかもなんてフッと思ってみたので綴っておきます









読んで何か響いたことがあれば応援クリック頂けると励みになります

ブログランキング・にほんブログ村へにほんブログ村




ギャラリー
  • 結婚は、ダンスフロアでパーチィするような感じ
  • ゲスノキワミ!アッー
  • 依存、独占、過干渉、疑念
  • 許せないはとても強固
  • カッコ悪い姿を見せたくないのね
  • 先にスペース空ければオケオケオッケー☆
  • お前は五分と五分だ
  • 初めてか?力抜けよ
  • 自分にとって結果が良くなくても、相手の決断したことを受け入れる事も信じることの1つ